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中学生・高校生等海外夢応援プロジェクト渡航者報告

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令和6年度奈良市中学生・高校生等海外夢応援プロジェクト渡航者報告

​​令和6年度奈良市中学生・高校生等海外夢応援プロジェクトに参加された渡航者4名の活動報告を紹介します。

鬼追 桜子(立命館宇治高等学校 3年)

医療と教育から考える「命」の意味と救い方

渡航先

ザンビア(ルサカ)

渡航期間

14日間

将来の夢

人の役に立ち、生きる助けをしていくこと。英語を生かした薬剤師になる。

渡航計画
ザンビアで人々と身近にふれあう医療体験プロジェクト

途上国の医療体制、課題を見聞きし、現地の生活を体験する。医療だけでなく、教育活動も行う。

渡航目的の達成状況
おおむね達成できた

​ 学校での四日間のアクティビティを企画、実施する際に毎日活動の目的をみんなで話し合った。そうすることでその場で自分が何をするべきなのかがより明確になり、子供たちの未来のためにとれる行動もしやすくなったと感じた。個人の目標であった進路については、やはり医療に関わって人の役に立ちたいとより強い思いができた。しかし、その方向性がまだ自分の中で定かにはならなかった。

現地での探究学習活動内容

 命とはなにか、命を守るとはどういうことかという問いを持って活動に取り組んだ。活動は、ザンビアの特に子供達の明るい未来のために何かできることを試行錯誤した。医療の現場や、貧困、学校など様々な課題があるザンビアで実際に現場を観て肌で感じ、それに関わる人々にも直接交流して様々な視点から命について学習した。

探究学習活動から学んだこと・成果

 この渡航では命の尊さを学んだ。
 全体を通して一番心に残っているのは日本とザンビアの生活の違いである。ザンビアで出会った人々全員が私とは全く違う生活をしていて、生活の便利さなどの違いが目立った。ストリートチルドレンはゴミ箱から食べ物を探したり、物乞いをしたり、スラムではコミュニティを頼りに日々の食糧を調達したり、農村では家畜を飼ったり農業をしていた。また、どこも動物を放し飼いにしたり、清潔な水が十分になかったりと衛生面でも大きく違った。10日間を通して深く関わった人や街ですれ違った人など、たくさんの人と接して話す機会があった。自分のコミュニケーション能力を上達させることができたし、持ち前の英語力も活かすことができたと思う。また、人と話すことが楽しく感じるようになった。以前より自分に自信がついた。
 また、医療に関して、医療機関が必要になる前に予防することが大切である。経済的理由で病院に行けなくて、亡くなりそうになる人がいたという話を聞き、それ以前の段階で防ぐ重要性を学んだ。また、命を守るには医療以外の観点もすごく大切で、今回が教育の大切さを学んだ。そして、当事者だけを助けようとしても持続的な救済にはならなくて、家族などの周りの人、そしてその社会ごとを守らなければ、命は守れないということを体験して学ぶことができた。
 また、アフリカ黒人の印象が大きく変わった。体がデカくて、怖いイメージが以前はあったが、この渡航で彼らの優しさや思いやりの心、笑顔に触れることで彼らの人間性がとても好きになった。

渡航を終えて、将来の夢・目標に生じた変化

 私は変わらず医療を通して人々の役に立ちたいと思っている。しかし、薬剤師ではなく食に関わりのあることをしたいと現在は考えている。なぜなら、ザンビアなどの貧困の地域では薬や治療以前に食事がなくて困っていたり、食事不足で病院に行かなければいけないということが発生しているから、その根本にある食を研究したり、仕事にしたいと思うようになった。

夢の実現に向けてこれからするべきこと(今後の展望)

 まずは、ザンビアで学んだことや感じたこと、考えたことを全て書き出し、整理する必要がある。そして将来の目標が変化したため、それを達成するために必要な活動や大学の進路の考え直しをしなければならない。最終日の振り返りの時に、私が、将来の大きな夢がまだわからないと打ち明けると、ザンビアのプログラムのスタッフの方に今大きな夢がなくても大丈夫。その時にやりたいことを少しずつやっていくことで夢が見つかるかもしれないという助言をいただいた。私の中ですごく大きな力になって、今大きな夢を無理やり探すよりも、この渡航を経て私が今何をしたいかということを考えようと思う。この渡航で医療と教育、そして国際協力という様々な観点から命の守り方を考えたのをきっかけに、今のところ大学では学祭的な学習をし、医療だけでなく、そのほかにも学習することで見えてくる問題やその解決方法が見つかればいいなと思っている。今やりたいことは食の研究で、貧困地域のみならず、災害時や気候変動の影響で作物に大きな被害が出て、満足な食事をできない人や栄養不足の人がいる。そのような問題に対して、ある対象の地域で使えるような栄養が高い食品の開発に興味がある。
 また、この渡航をきっかけにNPOなどの活動に興味を持つようになった。この経験を活かしてもっと経験を積んでいきたいと思う。

活動記録写真

ストリートチルドレンへの食糧配布の様子
ストリートチルドレンへの食糧配布の様子

命をいただく 鶏を調理する
命をいただく。鶏を調理する。

スラムの家を訪問し、インタビュー
スラムの家を訪問し、インタビュー

スラムの学校で楽しくダンス
スラムの学校で楽しくダンス

小学生たちと記念撮影
小学生たちと記念撮影

スラムの学校で授業交換
スラムの学校で授業交換

スラムの学校で夏祭りを開催 射的作成中
スラムの学校で夏祭りを開催。射的作成中。

杉田 光優(京都教育大学附属高等学校 2年)

エストニアから学ぶ、日本人が自分で考え積極的に行動を起こしていくための新しい教育システム創造のための現地調査

渡航先

エストニア(タリン、サーレマー)

渡航期間

8日間

将来の夢

国際問題を解決できる人になり、人々が安心して暮らせるよう手助けしたい。

渡航計画
エストニアから学ぶ、日本がSDGsを達成する新しい教育システム創造のための現地調査

サーレマー高校に短期留学し、SDGsの達成が進んでいる北欧のSTEAM教育について学ぶ。

渡航目的の達成状況
一部達成できなかった

 (タリン)当初、予定していたサーレマーでのホームステイが、ホストファミリーのコロナウイルス感染の影響で後ろ倒しとなりました。そのため、2日間タリンで生活をしました。SDGsについてあまり学ぶことはできませんでしたが「教育」について多くの人に話を伺うことができました。高校、大学に通って勉強をしている人、社会人の方、サマースクールの講師で講習を開いている方など、実際にエストニア教育を受けてきた人々に、良かったところや先生の技量、学校設備の良さなど、どういった制度になっているかを聞くことができました。エストニア教育についての考えが一層深まりました。

 (サーレマー)当初予定していた、サーレマー高校での授業を1度しか受けられませんでしたが、エストニア教育については身を持って学ぶことができました。サーレマー高校の校長であるIvo先生と対談もさせて頂き、たくさんの質問に丁寧に答えて頂きました。また実際に現地の授業を受講し、ホームステイ先のホストファミリーやホストファザーの仕事仲間に教育について多くの質問をすることができました。エストニア教育の「自由な部分(自分のやりたいことに一直線に努力しているところ)」を日本教育に活かせないかと考える、大きなきっかけになりました。

現地での探究学習活動内容

 ホストファミリーのコロナウイルス感染の影響で18.19日はタリンで過ごし、20日から23日まではサーレマーで生活しました。今回のエストニア滞在を通して、至る所で学生や社会人、教育に関わっている人たちと、エストニア教育や日本教育について対話をすることができました。多種多様な考えを聞くことができたり、議論をしたりすることもできました。
 サーレマー高校での授業を受けることが22日の1度しかできませんでしたが、内容が濃く、深く学ぶことができました。校長であるIvo先生が自ら出向いてくださり、エストニア教育について話したり、日本の教育について共有したりしました。校内と校外を回りながら、サーレマー高校について紹介をしてもらったり、どういった経緯でこの学校を創ったのか、どういう理念の元で教育をしているのか、エストニア教育の長所と短所は何かなど質問することもできました。現地で実際に行われている授業も受け、「自分で考える」という自発的なことに重きを置いていることを学びました。先生から質問をされて自分の考えを述べるという動作が多く、日本のように先生が黒板に書いて、生徒は板書内容をノートに写すという受け身な授業とはまるっきり違いました。夏休みだったこともあり、生徒は少なく、居たとしても自習をしていたので、質問をしたり、日本の数学の授業をすることはできませんでした。しかし、この6日間を通して渡航目的である「エストニアの教育の奇跡について研究をする」ということは達成できたのではないかと思います。現地で行われているSDGs活動についても話を伺うことができ、日本でも実践できないのかを考えるきっかけとなりました。たくさんの学びを得ることができ、将来の夢が明確になりました。

探究学習活動から学んだこと・成果

 私が今回の渡航で特に学んだことは「エストニア教育は自分で考えることを重要視している」・「自由に目標に向かってひたむきに挑戦し続けている人が多い」という2つのことです。サーレマー高校での授業やClevonでのロボット制作のときなどで、先生はヒントは話してくれても、答えは言ってくれませんでした。質問をされ、答えを自分で考え他者に発信するという動作を繰り返していました。日本では似たようなことがあっても、最後には先生が答えを教えてくれると思います。しかしエストニア教育は「答えまで自分で見つける、生徒が考えた答えを基に話を進めていく」という方針が見受けられました。生徒が考えた多種多様な意見を受け止め、授業に取り入れていくことが大切であると思います。
 また、エストニア教育や日本教育について対話をする中で、多くの人が自分の興味関心のもと働いたり、研究をしたりと、「自由に目標に向かって挑戦し続けている人」が多くいることも分かりました。日本以上に、自由に行動できる環境がエストニアには備わっていると感じました。やりたいことを想像するだけではなく、行動を起こして努力をしている姿に、憧れを持ちました。私も日本で自分がやりたいことに向かって積極的に行動をしていきたいと思うようになりました。
 私はエストニアに6日間滞在して、「エストニアの教育の奇跡」が起きた理由は「自分で考えて自由に行動できるという強みを持っているから」なのではないかと思います。私は今回の学びから日本の教育にも、発表をしたり、交流をしたりと「生徒一人ひとりが自分から考えて行動するカリキュラム」を組むことが質の高い教育やSDGsの学びに繋がるのではないかと思います。生徒自らが積極的に枠組みにとらわれず行動できる授業に、重きを置くことが大切になってくると思います。

渡航を終えて、将来の夢・目標に生じた変化

 私は今回の渡航を通して、将来の夢が明確になりました。今までは「国際的に活躍できる人物になりたい」と考えていました。しかし今は「国際的に活躍する小児科医になり、助けを求める人々を救いたい」というふうに考えています。これはエストニアで様々な人と出会い「一直線に頑張っている人」を見てきたからです。どんなに困難なことでも、難しいことでも、目標に向かって努力している人々がエストニアには数多くいました。私にとってこの夢は難易度の高いことです。しかし国際的に活躍する小児科医になり、世界各国の助けを求めている人々を救えるようになるため、努力をしていきたいです。

夢の実現に向けてこれからするべきこと(今後の展望)

 私は将来、小児科医として国際的に活躍できるようになるために、さまざまな能力を身に付ける必要があります。その中でも、特に磨きたいことは2つあります。1つ目は、自分から進んで行動するようにすることです。2つ目は、英語力を鍛えることです。
 小児科医になったら、患者さんや患者さんの家族のことを第一に考え、向き合っていくことが大切になります。人の生死に関わる仕事なので、少しの油断や失敗は許されません。だからこそ、私自身が相手のことをくみ取り、しっかりと考えて行動していきたいと思っています。日頃から小さな目標を立て、それを実行できるような自主的な行動をしていきたいと思っています。
 そして「国際的に活躍する人になる」には、流暢に英語を話せる必要があります。そのために、もっと熱心に英語の勉強をしていきたいです。私は今回エストニアに短期留学をして、自分の英語能力の低さを痛感しました。相手の話していることの半分しか聞き取ることができない、自分の言いたいことが思うように出てこないといった状況に何度も陥りました。11年間学校で英語の勉強をしてきても、力不足であることを思いしらされました。海外を股にかけ、仕事をするのであれば、英語はできて当たり前な世界です。だから、これからもっと自分の能力を鍛えていきたいです。
 私は「国際的に活躍する小児科医になり、助けを求める人々を救いたい」という夢に向かって努力をするか迷っていた時期がありました。なぜなら、私がそのような職に就けると思わなかったからです。しかし、今回のエストニアの渡航で「世界には目標に向かって努力している人が多くいる」ということを学びました。だからこそ、エストニアで学んだことを活かし、腹をくくって夢に向かって努力していきたいと思っています。
 世界中にいる助けを求めている人々を救い、たくさんの人の笑顔を見ることができる小児科医になりたいです。

活動記録写真

体験した授業の様子
体験した授業の様子

サーレマー高校の講義室
サーレマー高校の講義室

ホストブラザーと文化交流としてした折り紙
ホストブラザーと文化交流としてした折り紙

大学の校長先生とツーショット
大学の校長先生とツーショット

バルト海の様子
バルト海の様子

サマースクール開催者と食事会
サマースクール開催者と食事会

授業体験で教育主任に教えてもらっている様子
授業体験で教育主任に教えてもらっている様子

高橋 佑奈(大阪教育大学附属天王寺校舎 3年)

リアルな世界の社会課題の現状を知り、解決策のヒントを学んだ旅

渡航先

シンガポール・インド(ケーララ州トリヴァントラム)・マレーシア(クアラルンプール)

渡航期間

8日間

将来の夢

日本と他国の関係を向上させ、平和な国の維持や構築を目指す。国の枠組みを超えて世界規模の社会問題にアプローチし、改善する。

渡航計画
リアルな世界の社会課題に触れ、解決策のヒントを学び、将来の学びをデザインするinインド・マレーシア

インドの友人家族と共に、普段の生活を共に送り、インドでの生活についてヒアリング。マレーシアでは進学予定の大学訪問。また、地域住民へのインタビューにより、多文化共生のヒントを得る予定。

渡航目的の達成状況
達成できた

 (シンガポール)当初はトランジットのみの予定でしたが、多民族・多宗教国家の一つもあり、文化の融合や人々の暮らしを見て学びが得られるのはないかという視点で街を歩いたところ、アラブ・ストリートのサルタン・モスクで日本人イスラム教徒ボランティアガイドの方に出会うことが出来、想定以上にイスラム教の教えやイスラム教徒としての日常生活等深い学びを得ることができました。ここでの学びにより、私の中にあった「テロ組織と繋がっている宗教」という偏見がなくなり、なぜ世界中の多くの人々がイスラム教を信仰しているのか、その理由を理解するきっかけを得る事ができました。短い時間でしたが、シンガポールの現状を目でみたことで、後半に赴く隣国・マレーシアの歴史・現状との比較が明確になり、より今回の探求学習の理解を促進したと思います。

 (インド)現地の人達と出来るだけ多く関わり、現地で信仰されている宗教の現状と、宗教が現地の人達に与えている影響、そして現状のインド国憲法ではカースト制は廃止されたものの、まだ人々の生活のどの程度カースト制の影響が残っているのか、のリアルを知ることが目標でしたが、想定以上に現地の方々と関わることが出来、目標を大いに達成することが出来ました。現地の宗教理解については、ヒンドゥー教徒のインド人の友人を通して、数々のヒンドゥ寺院に実際に地元の信者の人達と一緒に参拝させてもらい、「祈りが毎日の暮らしの中に自然と組み込まれている生活」というものを体験することが出来ました。また、宗教に関してだけではなく、現地校の高校生達と関わったり、農業・漁業・伝統工芸(機織り)に関わる人々の暮らしとその過酷な労働環境、青空マーケットでの庶民の営みと大型ショッピングモールで買い物をする新富裕層の出現と、今もカースト制の名残りにより就ける職業の制限がある現状が、同じ街の中で混ざり合い、住み分けながら暮らしている混沌とした現状を実際に見て知ることが出来ました。

 (マレーシア)進学先の大学を実際に見学し、主に中東・アジア地域から来ている留学生達と共に学ぶ先輩方の学ぶ姿を実際に見たり、キャンパス内の設備や学生寮を見て歩き、来年以降の自分の学ぶ姿を具体的にイメージすることが出来ました。また、中華街の中に中国仏教とヒンドゥ寺院、イスラム系金融機関が1区画に建つ混沌とした下町を歩き、ルーツが異なる人々が協力して一つのマーケット(商業地区)を運営しているリアルを体験することが出来ました。一方、マレーシア政府が国教であるイスラム教を大切に扱っていることも、首相官邸横に新しく建立された巨大モスクを見学して実感することが出来ました。そして国立博物館での歴史の学習を通してなぜマレーシアが多民族・多宗教国家となったのか、その理由と経緯を学びました。日本もこのマレーシアが共存・共栄国家を選択した理由の一つであったことも改めて知ることができました。また、隣国・シンガポールとの関係についても深く学ぶことができ、最初に訪れたシンガポールでの学びを更に深めることができました。

現地での探究学習活動内容

 シンガポールとマレーシアは、ともに多民族・多宗教国家であり、様々な人種が融合する様子を肌で学ぶことできました。
 シンガポールのアラブ・ストリートにあるサルタン・モスクでは、日本人でイスラム教に改宗した方がおられて、イスラム教の教えやお祈りの決まり事などを詳しく教えていただくことが出来、理解を深めるとともに、イスラム教について誤解していた部分にも気づかされ、目から鱗の体験をすることが出来ました。
 マレーシアでは、1区画にヒンドゥ教・中華系寺院・イスラム系金融機関がひしめく下町を歩き、自分とは異なる人種・宗教の人が当たり前に隣人として暮らす日常を知りました。そして、それが当たり前に根付くようになった背景には、日本軍の侵攻やイギリス統治からの脱却など、外敵と戦うために当時の住人達(もともとの住人であるマレー系・イギリスによって労働者として連れてこられた中華系・インド系の人々)が一致団結して独立を勝ち取った歴史があったことも知りました。
 さて、冒頭でシンガポールとマレーシアはともに多民族・多宗教国家、と書きましたが、実はシンガポールはわずか59年前にマレーシアから独立をした国で、元々は1つの国家だったということも、今回の探求旅行を通して初めて知りました。なぜシンガポールがマレーシアから独立したのか。その理由は、マレーシアの歴史とシンガポールの人口構成(中華系が74%)にヒントがあります。マレーシアがイギリス植民地から独立後に、マレー系住民を優遇する政策をとったことに異を唱えた当時のリー・クアンユー・シンガポール初代首相をリーダーとする華僑達が中心となり、マレーシア連邦の1つである状態から独立宣言をし、マレーシアとは異なる政策で現在の繁栄を築き上げたことも知りました。私が行った8月10日はシンガポール独立記念日(8月9日)の翌日であったため、マンションのベランダから国旗を掲げている家がたくさんあり、今も愛国心が強い人々が相当数いることが目に見えて確認出来ました。
 今回の訪問を通して、私は、この隣接する2国は、単に同じ多民族・多宗教国家として一纏めにしていては、各国を正しく理解することが出来ない、ということも学びました。やはり、「各国に各歴史あり」です。連邦国家のマレーシアと都市国家のシンガポール。人種構成比率も異なり、政策も異なるこの隣国は、その発展の仕方を比較してみると大変興味深いのではないか、という今後の探求のヒントも得ました。
 また、マレーシア・シンガポールとも第二次世界大戦下では、日本軍に侵攻された辛い経験があるものの、その後、イギリス統治脱却後の経済発展モデルとして、当時先に工業化で成功した日本や韓国をモデルとした政策をとった過程があり、日本に対して、まだ憧れや尊敬といった念が人々の中に残っているようでした。実際、どちらの国の大型ショッピングモールにも日系店舗や飲食店が数多く出店しており、少々高い価格設定にも関わらず、多くの現地の人々で賑わっていたのを見て、それを実感しました。
 そして、インド・トリヴァントラムは上記2カ国とは全く異なる文化の地でした。滞在した2日間で合計5つのヒンドゥ寺院をヒンドゥ教徒である、私のインド人の友人とその家族と一緒に周り、参拝方法や寺院の装飾、神様の名前、意味などを教わりました。また、実際に、現地のヒンドゥ教徒の皆さんと寺院の中に入って参拝させていただき、大国インドの国民の約8割の生活にヒンドゥ教が根付いている現状を肌で感じ、理解を深めることが出来ました。また、博物館を訪れ、ケーララ州の歴史(スパイス貿易の中心地として栄え多くの移民を各国に送り出して来た歴史や王室(マハラジャ)についての説明も受け、インドは国家として法律は共通しているが、州ごとに自治が異なり、州が変わると人々の気質や価値観も変わるほどである、ということも学びました。また、想定外に、ケーララ州も多宗教国家でした。最も多いのはヒンドゥ教ですが、キリスト教、イスラム教も街に寺院・教会が近距離で立ち並び、子ども達は公立学校で、他宗教の子ども達とごく自然に一緒に机を並べて学ぶそうです。そう考えると、いかに日本人が他宗教に関して不慣れな国民性であるか、日本人の方が世界的に見てマイノリティなのではないか、とさえ思うようになりました。
 マレーシアでは、入学予定のMonash Universityも訪れ、生活環境や先輩たちの学習風景を直接見学し、いつまでに何単位をどのくらいの成績で取得することで、将来自分が目指す進路に進むことができるようになるのか、具体的にイメージすることが出来ました。また、自分の興味分野である国際関係学と今回の探求の旅で芽生えた新たな探求課題を、進学後に現地マレーシアの同級生だけでなく、主に中東・アジア各地から来ている留学生達と共に深く学ぶことで出来そうである、と期待を膨らますとともに、日本代表として彼らにしっかり伝えるためにも自国のことやマレーシア・東南アジア・南アジアの歴史や政治体制、現在の課題等も予習してから進学しよう、と決意を新たにすることが出来ました。​

探究学習活動から学んだこと・成果

 「インドと聞いたら外国人はスラムや人混みを思い浮かべるけれど、それだけではないということを知ってほしかった」友人が別れ際に私に行った言葉です。今回、インドでは、友人のサポートのもと、都会、自然、貧困、宗教、観光地など、光も影も含め多くの側面を地元目線で見て、私の中のインドの印象は大きく変わりました。ただ、一方で、日常生活に潜むインドの相対的貧困格差にも気づきました。私が訪れた学校で、同級生たちに将来の夢を聞くと、皆就きたい職業ではなく「将来お金を稼いで家族と豊かに過ごすのが夢だ」と答えました。聡明で礼儀正しい彼らの瞳の奥に、日本の高校生にはないギラギラしたエネルギーを感じました。貧しさからの脱却は、やはりとてつもないエネルギーを人に与えるものだと実感しました。
 また、私は渡航前、宗教についても偏見を持っていた部分がありました。特に、イスラム教はテロや紛争の原因としての印象が強く、なぜ世界三大宗教と言われるほどに多くの人が信じ続けるのか、そのポジティブな理由について考えたことはありませんでした。しかし、今回、実際に信者の方から直接説明を聞き、宗教が公衆衛生や家族観、社会の安定を形成するほど人々の生活に大きな影響を与えていることを初めて知り、宗教が社会に与えるプラスの面を知りました。多くの人が信仰する宗教の基本理念を知れたことは大変有意義でした。
 そして、「多民族・多文化融合のコツ」は「共通の目的のためにルーツの異なる人とも協力し妥協点を見つけることを繰り返していくことだ」ということを学びました。マレーシアでは、現在もマレー系優遇政策などを巡って対立はあるものの、きちんとお互いの意見が言い合える仕組みが出来ているようです。また、その素地は、古くは大航海時代から同じ地域住民として暮らし、子どもの頃から、見た目がちがっても同じ学校に通い、一緒に商店街を営んだりする日常生活の積み重ねによって培われたものであることも知りました。今後、「多民族・多文化共生」が少子高齢社会の一つの解決策となるとされている日本でも、まずは他国にルーツを持つ人を、地域で同じ目的をもつ仲間として受け入れていくことが大切なのかな、と思いました。

渡航を終えて、将来の夢・目標に生じた変化

 今回の渡航を終えて、私は以前にも増して、急速に国際化する日本や、社会課題に溢れる国際社会にとって役立つ人になりたいと強く思うようになりました。そして、単に問題を解決する方法を提示するだけの人になるのではなく、相手国ともフェアな関係を結ぶことができるような人になりたいと思うようになりました。私は、今回、途上国と先進国との関係は、時に不平等であることをマレーシアの歴史やインドの現状から学びました。また、宗教への偏見も、実際の信者の人々の暮らしに触れることで取り除くことができました。相手を理解し、互いに尊敬しあいながら、ベストな妥協点を見つけていく交渉の場において、相手に対する予備知識と偏見は異なります。この探求学習で学んだことを、今後、しっかり心に留めて将来の夢への実現に向かっていこうと思います。

夢の実現に向けてこれからするべきこと(今後の展望)

 目標を叶えるために私が達成するべきことは、大きく分けて三つあります。
 一つ目は、言語です。今回の旅を通して、世界には英語が話せない人がかなりいるという事が分かりました。全言語をカバーすることは不可能ですが、話者が多い言語(例えば、中国語やフランス語)を取得し、より深く世界中の人々と意見交換していきたいです。
 二つ目は、知識をもっと増やすことです。時々、「座学ばかりしていても実際に行動して現実を知らなければ意味がない」と言われます。しかし、今回の探求学習を通して、自分は訪れた国の文化や歴史、政治、社会問題等について、浅はかな知識しか事前に得られていなかったな、と感じました。もし、日本に来た外国人の方が日本について詳しく知ってくれていたら、私たちも嬉しくなると同時に尊敬の念すら抱くように、私たちもその国に知識があると、現地の人々に受け入れてもらいやすくなります。また、私が将来の目標を達成するには、日本のことも幅広く知識を身に着けておくべきだと実感しました。なぜなら、他国の人は私に必ず日本のことを聞くからです。そのことを念頭に置きながら、一層の知識習得に励みたいと思います。
 三つ目は、「現地を自分の目で見て直接現地の人と話す」ことを続けるということです。今回も実際に現地を訪れたからこそ分かったことが沢山ありました。例えば、インド訪問前は、勝手ながらインドに対して「空気がきれいで人口が少ないところがある」「親切な人がたくさんいる」というイメージは持っていませんでした。しかし、実際私が今回訪れた場所には、空気が綺麗で礼儀正しく親切でシャイなインド人が大勢いました。人は無意識に自分の目で実際に見たり体験したりしたわけではないのに、どこかから得た情報のみで勝手な偏見を持ちがちです。そのような偏見を持っていては、私の将来の夢の一つである世界を平和へと近づける仕事ができるわけはないと思います。これからも、大学の協定校間留学などを利用して、機会があれば、できるだけ多くの国や地域を回って、地元の人々と触れ合い、世界の現実を見続けていきたいです。

活動記録写真

サルタンモスクの外観
サルタンモスクの外観

サルタンモスクで日本人のムスリムの方と
サルタンモスクで日本人のムスリムの方と

ヒンドゥ寺院の前で友人と
ヒンドゥ寺院の前で友人と

友人の学校でスピーチ
友人の学校でスピーチ

大学の授業の様子
大学の授業の様子

プトラモスク訪問
プトラモスク訪問

マレーシア博物館で歴史の説明をしていただいた様子
マレーシア博物館で歴史の説明をしていただいた様子

森田真子(奈良女子大学附属中等教育学校 4年)

自分が今まで関わったことのない境遇の人々を知り、全世界の人々が1つになれるドラマをつくる!

渡航先

アメリカ合衆国(ロサンゼルス)

渡航期間

15日間

将来の夢

ドラマのプロデューサーになって、世界中の人々が心動かされるようなドラマを作る。

渡航計画
自分が今まで関わったことのない境遇の人々のことを知り、全世界の人々が1つになれるドラマをつくる!

語学学校に通い、世界中の学生にLGBTQについてアンケートとインタビューを行う。JACCCのボランティアにも参加し、様々な考え方に触れる。

渡航目的の達成状況
やや達成できた

 今回は語学学校へ行き様々な国籍の人に自国のLGBTQの認識についてや宗教、人種差別についてインタビューをしたいと考えていましたが、学校長に相談したところ、そのことについて触れられたくない人もいるためたくさんは聞けないとのことでした。また、リトルトーキョーでボランティアに参加しようと考えていましたが未成年者だったためできませんでした。LGBTQセンターは主に治療を目的にしている方が通っているところだったためいけませんでした。

現地での探究学習活動内容

 私は今回語学学校へ行き、先生に許可を取り、2人の方にインタビューに答えていただきました。1人目はご家族にLGBTQの方がいらっしゃる方でその体験談を教えてくださりました。2人目はご自身がLGBTQの方でオープンにたくさんのことを教えていただきました。インタビューの内容はご自身と自国LGBTQの認識、偏見、公表しにくいものなのか、人種や宗教による偏見があるのか、ということから質問し、適時分からないことがあったら質問しました。インタビューはできませんでしたが、生徒の留学生ともコミュニケーションをとることができ、日本でいたら関われない人と関われて世界の広さを実感しました。また、ホームステイ先には私以外にも留学生もいて軽く話を聞くことができました。次にリトルトーキョーへ行き、全米日系人博物館に行きそこに来ていた方にインタビューをしました。受付の方にもお話を聞きました。博物館の資料もじっくり読むことができ、人種差別への理解がとても深まりました。

探究学習活動から学んだこと・成果

 今回インタビューは2人にしかできませんでした。自分自身がLGBTQだというカナダ出身の方と、家族にLGBTQの方がいる日系アメリカ人の方です。LGBTQや宗教のことはナイーブな話だから簡単には聞くことができない、と学校長に言われ、許可を出してくれた2人に話を聞きました。自分で聞けることは英語で聞きましたが、もちろんわからないこともあったので日本人の学校の先生に補助をつけてもらって分からないことは翻訳してもらいました。分からないことがあっても素直に分からないから助けてほしい、ということが今回とても大切なことだと思いました。自分の力だけでできることは多くないし、頑張ってもできないことは人に頼らないと外国ではやっていけないし、それは日本でもとても大切なことだと思いました。
 インタビューは対話式で行いました。自国でのLGBTQの話、宗教の違いによる偏見について教えてください、という質問への答えから気になったことをお聞きしました。2人とも2時間ほど時間を取ってくれて聞きたいことはすべて教えてくれました。私がインタビューを通して特に印象にのこっているのは、アメリカと比べて日本ははるかに考え方やLGBTQの方への考え方や受け入れ態勢が遅れているということです。例えばアメリカでは演劇部、合唱部にはいっていると暗黙の了解でLGBTQだとなるそうです。LGBTQの人がそのクラブにたくさんいて、そのコミュニティがあるから安心できると言っていました。年配の方はまだLGBTQの理解は難しい人が多いようですが、日本よりもLGBTQであることに驚きや戸惑いもコミュニティがある分少ないと思いました。人種差別や宗教への偏見もある、と答えてくれましたが、それを表に出さないし触れてはいけないことは触れないし干渉しないと言っていました。なぜそれを言ってはいけないのか知識があったうえで気を付けているそうです。日本はアメリカのようにたくさんの人種の方が住んでいるわけではないから知らなければいけないという場面は少ないと思いますがそれは宗教や人種だけではなくLGBTQでも言えると思いました。LGBTQについての知識というものが全然ないから物珍しいもの、となりやすいのではないかなと思いました。
 全米日系人博物館に行った時にはバスと電車を何回も乗り継ぎました。初めていく場所で電車もあってるか分からなく不安になりながらマップを見ながら行きました。何度も合ってるか確認しました。博物館に無事につき、予定にはありませんでしたが5人の方にインタビューを行いました。質問は英語で行いましたが回答はすべて聞き取ることができなかったので翻訳機を使いながらおはなしを聞きました。みんな親身になってゆっくり丁寧に教えてくれました。どういう経緯でここにきて興味をもったのか、実際日本人の偏見があるのか聞きました。偏見があると答えてくれた人が多くて驚きました。
 ホームステイ先には私のほかに台湾人の子とパナマ人の子がいました。夕食の時に今日あったことをホストファミリーとともに英語で話しました。みんな英語がペラペラで最初は話せずにいましたが中盤から自分からもはなすことができました。

渡航を終えて、将来の夢・目標に生じた変化

 今回アメリカに行ったことを自分の夢に直結させるというのは今の段階でとても難しいことですが、得られた力はたくさんあります。もちろんアメリカに行かないと聞けないはなしもたくさん聞くことができました。それを踏まえたうえでもっと自立した人にならないと夢はかなえられないと思いました。たくさんいい話を聞いてもそれを生かして自分のものにできないと意味がないし、自分の夢、目的をかなえるためにどうすればいいのか考えて動ける人にならないとアメリカに行ったことも最大限に生かすことができないと思いました。

夢の実現に向けてこれからするべきこと(今後の展望)

 私が今回アメリカに行って大切だと思ったことはいかに自分の伝えたいことを相手に伝えようとするか、自分の身は自分でまもること、できないことは人に頼る、感謝する、臨機応変に生きる、失敗を恐れないということです。
 私は英語がとても苦手だし分からないことがたくさんありました。でも身振り手振りで分かる単語を探して頑張って会話しようとすると優しく理解してくれる人がたくさんいました。また、アメリカでは家族も友達もいないし頼れる人はいません。アメリカにはホームレスの人がたくさんいてとても治安がいいとは言えない場所でした。話しかけられたりじろじろ見られたり怖い思いもしました。それ以外も30分に1本のバスを夜遅くに反対方向のバスに乗ってしまい泣きながら正しい方向のバスを追いかけたこともありました。自分の行動すべてに責任と危機感を持って生活をする機会がなかったのでとてもいい経験になりました。
 前にも書いたようにわからないことできないことはたくさんあるしその時に意地をはるのではなく素直に頼って相手に感謝できる人になりたいなと思いました。将来社会に出ても、学校でも誰かと助け合いながらだと思うので、みんながいてこその自分だと思える人間になりたいです。
 今回ボランティアに参加しようとしていましたが未成年だからできないと、この企画に合格し、行くことになったあとに分かりました。その時すごく焦ったしどうしようかと思いましたが、自分ができる範囲のことを一生懸命頑張ろうと思いました。また、夜が遅くなったらタクシーを使ったほうがいいとエージェントさんに言われていたのでタクシーをよぼうと思ったら未成年で呼べなくて帰れなかったり、カードのお金を使い果たしてしまい一文無しになってお金を貸してもらったこともありました。海外に一人でいくと思いもよらないことばかりです。今自分ができることは最大限頑張ってそのハプニングにも柔軟に対応できました。その力をこれからも伸ばしていきたいです。
 英語が話せずに最初はびくびくしていましたが殻を破って話してみることでコミュニケーションをとることができました。間違えることももちろんたくさんありましたが、思い切って話してみるということは日本だとできなかったことだと思うのでよい経験になりました。日本に戻ったこれからもこの気持ちを忘れずにチャレンジしていきたいなと思いました。

活動記録写真

インタビューに答えてくれたカイルと一緒に
インタビューに答えてくれたカイルと一緒に

全米日系人博物館
全米日系人博物館

全米日系人博物館2
全米日系人博物館

クラスのみんなと
​クラスのみんなと

授業風景
授業風景

ホームステイが一緒だった台湾の子と
ホームステイが一緒だった台湾の子と

ドジャーズ観戦
ドジャーズ観戦

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